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モクネットの歩み(2)  


モクネット事業協同組合 
代表理事 加藤長光
 
モクネットの歩み
1986  商工会ビジョン
1988  (株)木創の設立
1990  モクネット事業協同組合の設立
1999  町営住宅きみまちハウス竣工
2000  林野庁長官賞受賞
 
   
 
 
 
東京で米びつやワインクーラーなと杉の木工品を売り込む(右は現モクネット理事・加藤)  
   
 一方、二ッ井町役場は、生活クラブ生協との交流があって、84年頃からは首都圏で行われる「いきいきまつり」には二ッ井も参加するようになっていました。

  85年、町役場は森林組合や農協、木産連に声をかけ、漬け物、比内鶏、蕗、竹の子、茸、米びつなどで、生活クラブ生協への売り込みを強めました。それにこたえる形で、生協側は二ッ井に来て、「離れすぎた農と食を考える」というテーマで「きみまち阪フォーラム」を開催しました。

 翌年、引き続き行われた第2回のフォーラムでは、生協側が木産品加工や住宅建設に示している強い関心にこたえる形で、町側は木工所や製材所、植林地や天然杉の美林の見学など、林材関係中心の内容を組み、将来的には産直住宅までつなげていく構想が双方間で話し合われました。

  ところが、その頃、二ッ井町行政にも木材業界にも、まだその体制をとるだけの受け入れ準備が整っていなかったのです。



 
   商工会青年部がまとめた「林材・工業ビジョン」を受け、二ッ井の木材産業の中核である木産連は、87年、船井総研にこれからどうしていったらよいのか、コンサルティングを依頼しました。

 その結論として「まずは木工品で二ッ井や杉のよさを知ってもらい、将来的には住宅分野への進出するために、第三セクターをたちあげ、当面、生活クラブ生協を提携先とするのがよいだろう」という判断がでたので、商工会青年部の有志などで「第三セクター設立をよびかける会」を発足、設立資金を集め、町との協議を進めました。

  半年にわたって町との協議を進めましたが、折り合いがつかず、設立には至りませんでした。



 
 
木創のスタートと同時に生産した米びつ  
   
 そこで、呼びかける会のメンバーが中心となり13業種17人が出資、木材・木製品の商品開発と新たな流通システムを開拓するための株式会社「木創」を88年に設立しました。

  木創は、秋田県と町の支援でテクノサテライト事業、国の雇用開発促進事業の支援を受け、秋田杉の内装材の開発と生産を行うと同時に、木産協・きみまち木工グループで生産・供給していた米びつづくりを依頼され、引き継ぐこととなりました。
 
 
木創でつくったテーブル  
   
 
 
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(c)モクネット事業協同組合   最終更新日:2001.03.31
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