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米代川流域の歴史  


戦争が終わるとこんどは
戦後 復興と、急速な経済成長。
それを支える都市部の人たちの住まいをつくるのに
杉はどんどん伐られていきました。

 
 


 戦争が終わると、今度は「戦後復興」のために多くの木材が必要になってきます。天然杉は休むことなき伐られ続けます。戦後すぐには、二ッ井にも製材所ができ、木材景気にわきました。
・この頃の二ツ井の林業の様子についてはこちら、 木材景気にわいた町についてはこちら

 また 能代の材木業者の努力で「銘木」として認定を受けたことで、天然杉の価値はますますあがり、能代も二ッ井も大変繁栄しました。高級な天井板の加工がさかんになったのも、この頃です。
・天然杉についてはこちらへ。
 





 戦後復興が落ち着くと、日本は「諸外国に追いつけ、追い越せ」と、高度経済成長への階段をのぼっていきます。国の産業の柱は工業だ、ということになり、農村からは働き手がどんどん都市に送り込まれていきました。人手がなくなった田舎では、農作業を機械でやらなければいけなくなり、その機械を買うためにまた出稼ぎに出る、という「お金がかかる生活」に組み込まれていったのです。そんな需要も高度経済成長を支えたのです。  





 都市では農村から出てきた核家族世帯が住むところが必要になり、木材産地は、戦後復興に引き続き、潤いました。供給が追いつかないほどなので、国はついに外材の輸入を解禁しました。この時は誰も、将来、外材におされて国産材が立ちゆかなくなることは予想していませんでした。

 また、この高度経済成長の木材需要に応えるために、林業の機械化がどんどん進んでいったのも、この頃です。
・機械化された林業で山仕事がどう変わったかについてはこちら
 

 このように天然杉がどんどん枯渇する一方で、秋田県は、将来の林業を考えて、植林に力を入れようということで森林組合を通して「年間1万ha造林運動」を起こし、それまでほとんどが薪や炭のための広葉樹であった民有林を杉山に転換することを奨励しました。ちょうど燃料が石油に変わった頃でもあり、多くの人が雑木の裏山を杉山に変えました。これから伐期を迎える造林杉とは、この民有林のことです。
・1万ha造林運動についてはこちら
 
 
 
 
 
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(c)モクネット事業協同組合   最終更新日:2001.03.31
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