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| 紅葉のきみまち阪。明治時代より前は、羽州街道の難所だった |
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七座山と米代川をはさんで対岸に、大きな切り立った屏風岩がある。道路や橋がなかった昔、荷上場から小繋までの「一里の渡し」に払う船賃を持たない旅人にとっては、ここは藤琴川の浅瀬を歩いて渡り、険しい岩をよじのぼって越える羽州街道の難所であった。橋と切り通しの道ができ、楽に通れるようになったのは明治天皇の御幸の時。その時、遠く離れて夏の長旅をする陛下を気遣う皇后からの便りが届き、景色の美しさと皇后のやさしい思いを心に留めた陛下は翌年、宮内省を通じてこの地を「きみまち阪」と名付けるように通達してきた。以来、かつての難所は整備され、屏風岩を背景とした紅葉や雪景色、対岸の美しい七座山原生林を望む眺望を楽しむ二ッ井の名所となったのである。 |
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