top > 今、山はどうなっているの? > 山林の運営(1) 造林面積
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山林の運営(1)  

今が底。
戦後の植林が活かせるのは これから。
使うことで、 活きてくるのだ。
 





     
 

 
   秋田県の山林のうち、54%が民有林、46%が国有林となっていますが、両者の人工林を合わせると、山林面積全体のちょうど50%となります。そのうち92%が杉林です。秋田県の林業にとって、いかに秋田杉の存在が大きいか、お分かりいただけると思います。

 戦前、秋田杉といえば、それは天然秋田杉のことであり、それは明治維新の後、藩有林から引き継ぐ形で国有林となった山林から出るものでした。ところがその天然秋田杉は、昭和45年頃を境にほとんど枯渇してしまいました。今、なお残っている国有林は、参考林として残されたわずかな天然杉美林、明治後半から大正にかけての75-90年生または戦後に植林をしたものと思われます。
秋田県の山林区分  
(秋田県林務部発行「秋田県森林・林業の概要」平成12年度版より)  
   
 
秋田県の山林の樹種別面積  
(秋田県林務部発行「秋田県森林・林業の概要」平成12年度版より)  
   




 
   民有林については、 戦後の半世紀にわたって通時的な資料を入手できたのは、なので、民有林の造林と、その結果としての森林蓄積について、みてみましょう。

 その杉林の来歴をたどってみますと、まず、今では23万haある杉の民有林のうち多くは、戦後の全国的な「拡大造林」と、天然秋田杉の枯渇を目前に昭和45年から数年間にわたった「1万ha造林運動」の時に、薪炭山であった天然林を伐り、杉山に変えたものでした。
戦後の民有林の造林面積  
戦後の民有林の造林面積。すぐの全国的な「拡大造林」と、天然杉枯渇の情況を目の当たりにしての秋田県の「1万ha造林運動」二つのピークがはっきりと分かる。なお、戦前は民有林はほとんど薪炭山だった  
(秋田県林務部発行「秋田県林業統計 時系列版IV」平成12年10月発行と、東北森林局提出資料より)  
 
 戦後の民有林での造林は、森林蓄積の確実な増加に結びついています。このグラフで見ると、今では、昭和42年の頃の4倍もの森林蓄積があることが分かります。
 
秋田県の人工林の面積と森林蓄積の推移  
昭和40-50年代に増えた人工林分、森林蓄積は確実に増えている  
(秋田県林務部発行「秋田県林業統計 時系列版IV」平成12年10月発行より)  




 
   森林蓄積の中身を、令級別で見ると、まだまだ若い、間伐が必要な時期の林が多いとはいえ、10〜20年後には、伐採可能な時期を迎える面積がぐんと増えるのが分かります。民有林の杉林は今、確実に「貯えを増やしている」時期なのです。
 
秋田県の人工林の林令級別構成  
昭和40-50年代に増えた人工林分、森林蓄積は確実に増えている  
(秋田県林務部発行「秋田県森林・林業の概要」平成12年度版より)  




 
   あとは、その貯えの中身を充実させていくことが大事です。令級は満たしていても、間伐を怠った結果、ひょろひょろの線香木しかないのであれば、到底、材にはなりません。今は、間伐が特に大事な時期でありながら、原木価格の下落で、間伐材を出しても伐出賃金すらでないような情況があるので、秋田県や林野庁では、間伐を促進するための数々の補助制度を用意しています。
 
 
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(c)モクネット事業協同組合   最終更新日:2001.03.31
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