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チェーンソーもトラックもなかった頃、
山仕事は人力の限界にせまる仕事だった。
それも、太い天然杉相手の! |
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山の仕事が機械化されていったのは昭和35年頃から。日本の国全体が高度経済成長を遂げていた時期で、この米代川から天然杉がなくなっていった時期でもあります。
太い立派な杉を伐っていた頃は人力ですべてやっていたのに対して、今は細いのを機械で伐っているわけです。機械を使った林業は、作業効率がいいので、あっという間に広まりました。もう、手で木を倒そう、という人はいません。その分、昔の山仕事の人がもっていたさまざまな知恵や工夫が消えてしまったともいわれます。今の私たちが鋸と斧を渡されて山に入ったとして、木一本、果たして自力で切れるでしょうか・・・。それは疑問です。機械は人の代わりをしてくれるものですが、人のなにかがその分退化してしまうのかもしれません。
林業に従事する人が減ったとはいえ、それと比べて、素材生産量が同じ割合では減っていないのは、機械の生産性の分です。逆にいえば、同じ生産性をあげるのに機械化以前の仕事の方が、多くの人を雇用できていた、ともいえます。 |
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| 雪の斜面を、谷へと一気に下るバチ橇引き |
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昔は、切った木を山で製材し、人力や馬力で沢まで運び、そこから水の流れを使って一本ずつ流していました。このあたりでは、雪が降る時の方が重たい木を運ぶのに有利なので、稲刈りが終わった秋から冬にかけて伐り、春にかけて雪の斜面を、おろしていました。
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| 人力で太い天杉を運び出す力持ち。一日一升の飯を食ったという |
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| 天然杉は重い。引きはじめには力がいる |
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今では、トラックや重機が人の代わりをしています。玉切りした木は重機で荷台に積み、キャタピラ車で林道まで運び出します。
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| 奥の山から木を積み出す森林鉄道 |
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| 森林鉄道がないところでは、冬、馬が活躍した。馬にとっても、雪の中、湯気をたてながらの重労働。その分、馬は大切に扱われた。 |
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| 米代川をゆったり流れる筏 |
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売れていく先が決まった木は、貯木場から筏で、あるいは奥羽本線の貨車で、能代へ、東京へ、と運ばれていきました。筏流しは、雪解けの春から晩秋11月頃まで行われていました。木が伐られてから下流に流れていくまで、今よりずっと日数がかかるので、原木の乾燥の問題は今ほど深刻ではなかったようです。特に筏流しは、「水中乾燥」といって、水を含んだ木の細胞自体をこわすことによってかえって含水率を下げる効果がある、ともいわれています。
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| 川幅が広くなったところで筏に組む |
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| 駅のすぐそばにあった秋木の二ツ井工場。原木を天神貯木場から森林鉄道で運び、製材品を奥羽本線で出荷していた |
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トラックが通れる林道が整備されると、森林鉄道も筏も、木を積んだ貨物列車もなくなっていきました。素材生産業者から製材所へ、原木市場へと、積み替えることなしに直接目的地まで道路で運べるトラックは、なんといっても便利だからです。 |
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