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加藤長光(モクネット事業協同組合理事) |
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モクネット事業協同組合:加藤長光理事 |
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この方に聞きました
加藤さんは、ぼくたちの生みの親! 将来への夢を話してくれたよ。 |
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山がだめになった、林材業がだめになったといいます。それでも、二ツ井はやはり林材業で生きていくしかないと思いますし、また、ちゃんとやれば、それができると思っています。
歴史的に見ると二ツ井は、米代川流域の山から出る木材を、都市に出荷するために集め、ストックする「集散地」としての役割を担っていました。それは、二ツ井でいくつもの支流が米代川に合流し、湊(みなと)のある能代へとつづく、という自然条件を背景として生まれた、二ツ井の役割でした。(くわしいことは「米代川流域の歴史」へ)
丸太がトラックで運ばれるようになり、今や、川に筏や船の姿はみられません。人々は川の方を向いて生活しなくなりました。山もそうです。天然秋田杉
がなくなり、外材が安く入り、今ある杉山は価値のないものとして見捨てられかけています。そして、営林署城下町として栄えた二ツ井からも、営林署がなくなり、製材所も数軒となり、にぎわっていた頃の活気はなくなってしまっています。この先、このままで本当によいのでしょうか。
私が思うには、自然が与えてくれて、歴史が育んでくれた二ツ井の役割を、もう一度、こんどは意識して果たしていくことが重要だと思います。
それは具体的にいえば、秋田杉を使った家を建てたい人に、秋田杉並材製材品をきちんと供給する、そのパイプ役をつとめること、と捉えています。
国産材が使いにくい、という理由のひとつとして、必要な材が揃いにくい、ということがあげられます。家を建てるのに、材を注文しても、一カ所からいれるのでは、なんと一棟分揃わなかったりすることが、よくあるのです。これは建てる方からしたら、とても不便なことですよね。そこで、造林秋田杉の製材品を米代川流域から集めてストックし、乾燥状態のよい、品質の安定した住宅部材として、必要な分量を必要な場所に届けられるような「ストックヤード」を作れないかな、と思っています。しかも、住宅メーカーのようなところに量をおさめるのでなく、山とつながる家を建てたい、という個人にもちゃんと対応できるようなストックヤードを提案します。
天然秋田杉のような「銘木」でない、「役もの」でもない、節のある「並材」であっても、乾燥状態のよい、使いやすい規格の寸法の材を、つねに安定的に供給できれば、「杉を生かした家づくり」を積極的に提案できることになります。地球環境を考えざるを得ないような情況の中で、森とつながる家づくりをしたい、と潜在的に願う人たちはいます。その願いにこたえられるのが私の考えているストックヤードです。日本の山の木で、それも、今、手に入る木を家づくりに使っていくことこそが、人が手を入れることで持続してきた日本の山を守ることにつながる。不特定多数ではなくそのことを理解してくれる特定の人たちと「顔の見える関係」を築くことが肝要です。
そのためには、木がくらしの中に活かされていくまでの大きな循環を理解してもらうためのアピールや、材木を供給するだけでなく、木を活かした家づくりを手助けするような仕組みも考えていかなければなりません。都会の人たちが森や林業を体験できるようなプログラム、木を活かす伝統的な木組みの家づくりの勉強がそのためには必要ですし、「木のまち」にふさわしいようなまちづくりも急務。やるべきことはたくさんあります。
これからは環境の世紀。必ず、木は、そして特に日本の木は見直されてきます。ところが、今、人びとの目がふたたび木に向かう時、既存の国産材流通はその期待にこたえられません。流通の川上から川下までが、互いに利害対立関係にあるため、協調するよりは張り合うことばかり多く、それが結果的には、流通における不合理につながっているからです。山から木が出ても木が家に使われなければだめですし、いくら木の家を建てたいといっても、木を伐り、挽く人がいなければ、できないのです。そこのところをよく考えて、今こそ、川上から川下までが協力しあいながら、態勢づくりをする時期ではないでしょうか。
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