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4.循環型生活
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01年7月号 まちのこれからは? 県と町と商工会のビジョンの話
01年8月号 まちづくりは夢を実現できる「わくわく」すること
01年9月号 取り戻そうよ、里山と人とのいい関係
01年10月号 これから先につなげること
01年11月号 秋の七座山・里地たんけん隊
01年12月号 梅内聚落有林部分林
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02年2月号 白神森林組合・土蔵の喫茶店MOMO
02年3月号 エネルギー問題・鍛冶屋の安保さん
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梅内聚落有林部分林
> 対照的な道を歩んだ梅内地区と仁鮒地区
梅内の人が堅実であることのエピソードとして、村から二ッ井の中心部への道に背の高い木のベンチがあったことがよく語られます。梅内の人は、二ッ井に用事で出かける時には必ず畑のものや炭、獣肉などを背負っていって、いくらかでも現金にして帰ってくるということを習慣にしていました。重い荷物を背負って家を出て、ちょうど一息つくところに、背中の荷をほどかずに休めるようにこのようなベンチを置いたのです。 農地に依って生計を立てながら、何十年間にもわたって共同でもともと自分たちのものではなかった山林を育て、生活に必要なものを使いつつ、先の世代に財産を残す。自分の世代には見返りはなくとも、そうする。これも梅内の人々の堅実さのあらわれでしょう。「私らの先輩は偉かった」と区長さん、前区長さんは口を揃えて言います。そして、「そりゃあ、天然秋田杉が豊富にある仁鮒(にぶな)が儲かっているのを見て、指をくわえて見ていた時代もありましたがね」とも。
同じ二ッ井町でも、米代川をはさんでちょうど対称の位置にある、仁鮒から奥の集落は、国有林の天然秋田杉を伐る仕事で生計を立てていました。「天然杉バブル」と言われた戦後20年間は、森林鉄道が走り、多くの労働者が仁鮒以奥に入りました。仁鮒、田代、濁川では、ほとんどすべての家庭が何らかの形で営林署から賃金を得るようになり、とても羽振りがよくなったと言います。
梅内の人々はその間も農地を耕し、区分林を手入れして昔も今も変わらない「半農半林」の暮らしを送っていました。天然秋田杉が伐り尽くされ、営林署が勢いを失った今、仁鮒以奥には仕事が少なくなり、人口が減っていますが、梅内地区では、昔からの戸数を維持しつづけています。天然秋田杉には恵まれなかったものの、区分林で杉を育てることで共同の財産を地道に自分たちでつくっていった梅内。天然秋田杉があったために、各戸が営林署に「つとめる」ことによって現金収入を得、やがて失っていった仁鮒。見事な天然秋田杉があったことが、かえって集落の運命を分けた、ともいえるのです 。
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(c)モクネット事業協同組合 最終更新日:2001.12.01