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「源助田」で伐採されたばかりの杉。およそ80年生。昭和24、25年頃に伐ったのもこの位の樹齢のものだった。 |
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「梅内聚落有林部分林」はそもそもは、営林署の区分林が主であったそうです。雑木山を入会地的に使うだけでなく、その一部に杉を植えたのが、明治の始め頃(最初の植林は明治18年)の人たち。その努力が実って、昭和24、25年頃からおよそ10年間に渡って、かなりの面積が伐期を迎えました。10年間の杉の売り上げで、全戸に一軒あたり約30万円ずつというまとまったお金が、2回から3回に分けて配分されたそうです。現金収入を一度に得る機会が少ない農家には、大きな臨時収入です。ちょうど高度経済成長がはじまり、農業機械化とともに、機械を買うお金をつくるために多くの人が秋田県から都会へ、出稼ぎに出たりした時期でしたが、梅内ではこの現金収入があったため、村を離れることなく機械を購入したり、家を建て直したりすることができたといいます。 |
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